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松山地方裁判所今治支部 昭和42年(タ)4号 判決 1968年1月26日

原告 水野清(仮名)

被告 橋本順子(仮名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「原被告間の昭和四二年二月一三日付協議離婚は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原被告両名は昭和四一年七月一日挙式、同月五日婚姻届をして夫婦となつたものであるが、昭和四二年二月一三日○○市役所に離婚届が提出されて協議離婚したことになつている。

二、しかしながら、右離婚届は原告に離婚の意思がなく、したがつて離婚を協議した事実もないのに、被告において原告の署名および印鑑を偽造して離婚届を作成して右市役所に提出したものである。

三、よつて右協議離婚は無効であるからその確認を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、抗弁第一項中、被告がその両親の反対を押して原告と婚姻したこと、原告が被告主張のとおり逮捕勾留された後起訴され保釈となつたこと、および別居したことは認めるが、その余は争う。

二、抗弁第二項中、原告が離婚届用紙二通に自ら所定事項を記入し署名押印して被告に手交したことは認めるが、その余は争う。右離婚届用紙を被告に手交したのは次のいきさつによる。被告は昭和四一年一一月中頃原告に無断で家出し○○市○○町所在のアパートに移り原告の再三に亘る同居の要求にも応ぜず、独り暮しを始めたのであるが、同年一二月原告の留守中原告方に離婚届用紙二通を届けてきていたので、昭和四二年一月初頃被告方に赴き被告にその意味を尋ねたところ、被告は、「自分の心の整理をするため離婚届を書いてくれ、絶対に提出しないから。」とのことであつたため、被告と協議のうえ、原告に離婚の意思はないが一応離婚届を被告に渡す、もし後日双方協議して離婚することになつたときは証人を定めて原被告両名で提出することを定め、同月一一日離婚届用紙二通に所定事項を記入し署名押印し同月二九日これを被告に交付したのである。したがつて原告は未だ被告と離婚を合意したことはない。

三、抗弁第三項は不知。

四、抗弁第四項中、被告がその父に依頼し同人をして離婚届用紙二通に原告の氏名その他原告に関する所定事項を記入させ、且つその名下に原告名義の印鑑を押捺して離婚届を作成してその届をした事実は認めるが、その余は争う。

と述べ、証拠として、甲第一号証を被告が原告の意思に基づかないでその氏名を記入し偽造印鑑を押捺して作成したものであるとして提出し、証人水野隆の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項は認める。

二、請求原因第二項は否認する。

と述べ、抗弁として、

一、被告は両親の反対を押して原告と婚姻したものであるが、その後いくばくも経たない昭和四一年七月二九日原告は恐喝罪で逮捕勾留された後起訴され同年一〇月八日保釈となつたものの、このことを契機に原告との婚姻生活も何かとさしさわりを生ずるようになり、次第に性格や生活態度の相違から、婚姻生活を継続することが困難となり家出したりなどしたが、同年一二月原告と合意のうえ別居することとなつた。

二、被告はその後原告に対し離婚を求めることとなつたが、昭和四二年一月末頃原告と協議のうえ円満に離婚することとなり、原告は被告が原告の実父を介して先に渡していた離婚届用紙二通に自ら所定事項を記入し署名押印のうえ一〇数カ所の捨印までして被告にこれを手交した。

三、よつて被告は右離婚届用紙中自己の記載部分に必要事項を記載してこれを○○市役所に提出したところ、うち一通の原告名下の印影が不明瞭であるためこれを鮮明にして提出するようにとの理由で受理されなかつた。

四、被告は原告に対し右印影の不明瞭な部分につき鮮明な押印を求めるため当夜と翌日の夜再度に亘つて原告方を訪れたが不在のため目的を遂げることができず、更に日時を遷延することもできないので、実父敏二に依頼して別の用紙二通に原告が記入していたとおりの記入をさせ別途準備した原告名義の印鑑を押捺して離婚届を作成してその届をした。

五、したがつて届出を了した離婚届書の作成には原告は形式的には関与していないが、原告は被告に対し離婚の意思を表明してその協議を成立させ、届出に必要な書類も作成交付してその提出を被告に委ねたものであるから、前記の事情で、原告の署名押印した右離婚届に代えて同一内容の届書を別に作成しこれを提出したとしても、右離婚届の効力を左右するものではなく、右届に基づく本件離婚は有効である。

と述べ、証拠として、乙第一号証の一、二、同第二号証を提出し、証人橋本敏二の証言および被告(第一回)本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認め立証趣旨を否認した。

当裁判所は職権で被告(第二回)本人を尋問した。

理由

当裁判所が職権で○○地方法務局○○支局から取寄せた甲第一号証および原告、被告(第一回)各本人尋問の結果を総合すると、請求原因第一項の事実を認めることができる。

原告、被告(第一回)各本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認めることができる乙第一号証の一、二、被告(第二回)本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認めることができる乙第二号証および証人橋本敏二、同水野隆の各証言、原告、被告(第一、二回)各本人尋問の結果(但し、証人水野隆の証言および原告本人尋問の結果については後記信用しない部分を除く。)を総合すると、被告はその両親の反対を押して原告と婚姻したものであるが、その後一ヵ月も経たない昭和四一年七月二九日原告が恐喝罪等の嫌疑で逮捕勾留された後起訴されたことから、原告に対する不信を生じ原告と将来婚姻生活を継続して行くことについてその意欲に動揺を来した。原告は右事件で審理中の同年一〇月八日保釈となつて被告の許に帰つて来たが、被告は右事件を契機に原告を冷静に観察できるようになるに従い、原告との性格や生活態度の相違に気付き且つそれが埋め難い溝であるものと考えるに至つたことから次第に原告を嫌悪するようになり遂に離婚の決意を固め、同年一一月中頃無断家出をして○○市内のアパートに居を移した。原告はその後被告に対し再三に亘り同居を求めたが被告はこれに応じないので暫くそのままの状態におき時機を見て被告の飜意を求めるべく、同年一二月被告との別居を了承した。しかるに被告はその後は別居だけでは満足せず離婚を強く希望するに至つたのであるが、原告としても婚姻後一ヵ月も経たない間にそれ以前の犯罪で起訴されるという事態を招いているだけでなく、右犯罪の種類回数等から実刑の公算も大きいものと考えたことから、これ以上被告の離婚要求に応じないことは身勝手で被告に酷であると考えたためこの際男らしく被告の要求に応ずることを決意し昭和四二年一月一一日かねて被告から届けられていた離婚届用紙二通(乙第一号証の一、二)につき原告の記入すべき事項を各記入し署名押印したうえ、同月二九日これを被告の愛蔵していたケース入り人形とともに、更にケースの中に別れの手紙(乙第二号証)を入れて被告が当時居住していたアパートに持参しこれらを被告に交付した。よつて被告は同年二月早々右離婚届用紙を携えて○○市役所に赴き戸籍課係員にこれを提示して右届の方法について指示を求めたところ、うち一通の原告名下の印影が不明瞭でありこれを鮮明にしなければならないとのことであつたので更に右押印を求めるべく原告方を訪れたところ、その頃原告は○○に働きに行つていて不在でありその目的を達することができなかつた。しかしながら被告は更に日時を遷延するときは原告の飜意も考えられるので、早急に右届出をなすべく被告の実父に依頼して同人をして別の離婚届用紙二通に原告が記入していたとおり記入させ、準備した原告名義の印鑑をその名下に押捺して離婚届を作成して同年二月一三日○○市役所においてその届出を了した。原告に対しては同年三月二〇日前記刑事々件について懲役一年六月および同四月に四年間執行猶予の判決が言渡された。原告は右判決の言渡を受けるに及び、被告との離婚は実刑の判決を予想して決意したところが大であつたところから、直ちに前記離婚を飜意し、被告に対し同居して婚姻生活を継続するよう求めたのであるが、被告はこれに応ぜず、その後間もなくして被告との離婚届が既に提出されているだけでなく、しかも右届の原告の署名が被告の実父によつて偽造されその名下に偽造印鑑が押捺されることによつて右届書が作成されている事実を知つたことから、憤激して厳しく婚姻の復活を迫つたが被告の拒否により、離婚の無効を主張し調停を経て本訴に至つた事実を認めることができる。原告は、被告に交付した離婚届は離婚の意思はなく単に被告の心の整理のため、提出しないとの確約の下に署名押印して交付したものである旨主張し、証人水野隆の証言および原告本人尋問の結果中には右事実に符合する部分があるが、右は前顕採証の各資料に照らしたやすく信用できず、他に右認定に反する資料はない。

以上の事実から考えるとき、原告は被告のなした本件離婚届出当時被告との間において婚姻関係を解消することについて合意をなしており、且つその届出をする意思を有していた事実が明らかである。してみると本件協議離婚が、被告の実父において原告の署名を代行し且つ被告において右原告の名下に偽造にかかる印鑑を押捺して作成された離婚届の提出によつてなされているとしても、右届書の作成提出は原告の意思に反するものではなく、原被告間の離婚の合意とその届出の意思に副つてなされたものであるから、本件離婚は有効であるものということができる。これは離婚の合意はあるがその一方に届出をする意思がなくまたはその意思が未定の間に、擅に他の一方によつて離婚届が作成提出された場合とは趣きを異にするのである。また右届書の作成が本人以外の者によつてなされたことが明らかであるとしても、戸籍事務管掌者によってその受理を拒否されることはあるとしても、そのこととこれが受理された場合におけるその効力とは別個の問題である。結局本件協議離婚については被告主張の事由によつて有効ということができる。原告の飜意は有効に協議離婚が成立した後のものであるから、これによつて右離婚の効力に消長を及ぼすものではない。

よつて原告の本訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦)

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